学歴で損得勘定をすること自体が野暮ってもんだ

「偏差値が高い人たち」を、「ずるくてひねくれた集団」にしたいみなさんへ - うるち随筆

僕には、彼らが反論すればするほど自分たちが学歴コンプレックスを持っていることをさらけだし、なんとか高学歴の人間より優位に立とうとして「勉強すると心がゆがむ」といった都合のいいオハナシをつくりだしているようにしか見えない。

日本という国は正当評価が出来ない土壌だ。偏差値と高低と仕事ができるできないは別次元の話なのに。
少しでも「あいつよりはマシだ」と思いたい捻くれた根性が染み付いてる人が多いから、馬鹿がチヤホヤされておバカと叩かれるのをほくそ笑む気持ち悪い番組が流行るのだろう。

かといって、それは高学歴タレントをもてはやすこととはまた違う。なぜYes/Noの話題しかできないのか。

そもそも学歴で損得を考えるのが野暮ってもんだ。高学歴者もそうでない人も彼らなりに一生懸命やってきたことの結果。それが勝ち組だの負け組だのいう議論に嫌気がさす。

知をもうちょっと見直してほしい。知的な若い才能が集まっている所は、すごく快適だ。

未熟であろうとも知的好奇心が集まる場所ってのは、本当にワクワクする。この感覚は学生のうちに知るべきこと。勉強しろ、本を読め!だけじゃない。人から学ぶことができる環境が"すごく快適"なのだ。

学生の頃にやってた鳥人間チーム。どうすれば飛べるか。どうすればもっと良い機体ができるか。利益もないし、見返りも無い。それでも本気でヒコーキを考えてた頃が懐かしい。